小柳 陽太郎先生の【古典の窓】その22016.10.21

独立の気力なき者は国を思ふこと深切ならず
(福沢諭吉、学問のすすめ)
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 独立というのは個人においても又国家においても福沢諭吉にとって最大の念願であった。彼はしばしば独立と一緒に自由という言葉を使ったが、その場合に使われる自由も、単に束縛からの解放などという消極的な次元にとどまるものではなく、生命が自在に開展する、生き生きとした姿を自由と名付けたのである。独立もまたそうであって、そこには充実した生命が、他の何ものにもまどわされることなく卓然としてそそり立ついわば統一された生命のあり方を見ることが出来る。
 さて彼はこの「独立の気力なき者は国を思ふこと深切ならず」という。勿論国民のうち誰一人国民生活の幸福とその発展を思わない者はいない。
だが問題はただ単に思うということではなく、その心の深さであり、切実さでなければならない。ところで彼はその深さと切実さを自己の生命を統一しようとする「独立の気力」によっていわば精神の緊張度によって決定する。言葉をかえて言えば、自己の内心を統一する独立への意志に裏付けられることなく、単に悲憤慷慨する、所謂壮士風の愛国というものが如何に他愛ないものであるか、それを諭吉は強くいましめ、更にはげしく憎んだのである。
 「今の世に生れ、苟(いやしく)も愛国の意あらんとする者は官私を問わず、先づ自己の独立を謀り、余力あらば他人の独立を助け成すべし」。別の箇所で彼はこうも述べている。
 愛国とは単なるイデオロギーではない。愛国者と非国民というように愛国という試験紙によって人々の心を黒白に別ったのは、戦争中の動脈硬化のあらわれであったが、自己の独立という内心の問題を素通りした「愛国」というものが、如何に空しいものであるかを、われわれは身に沁みて味わって来たのである。内心を統一しようとする意志の中からおのずからにして生れ出る豊かな愛国の至情 ― その心理的なつながりの糸を、諭吉の言葉は誠に鮮やかに言いつくしていると思う。
 最近文部省施策などによって、次第に青少年の心の中に、国家的関心が培われはじめたのは誠によろこぶべきことではあるが、それだけに今こそこの言葉を国民の一人一人が大切に考えなければならないのではなかろうか。
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 小柳 陽太郎先生の【古典の窓】 その12016.9.22
異端の教は過ぎてこれを断ずるに及ぶ。是れ身にこころみ、庶人にこころむる処あらざる故なり。
聖学豈しからんや、ただ詳(つまびら)かに是を尽すにあるのみ。
(山鹿素行、謫居童問〈たっきょどうもん〉)
     ☆
日本の伝統的な思想のもつ美しさは、素行の言をかりれば「詳かにこれを尽す」というところにあった。即ち相手の身になって考え、相手の心を自分の心として苦しみためらいながら、そこに「思想」をたしかめてゆくというまごころのつみかさねが日本の長い歴史を支えてきたのである。私はこの“ためらい”の中に、断絶することなく連綿として続いてきた日本の歴史の秘密があると思う。
現実をふまえてものを考えてゆかなければならない。これは誰しも知りすぎるほど知っている理屈だ。だが知っているだけでは実は何程のこともないので、大切なことは、現実というものが如何に微妙なものであるかそれを把えることが如何に至難であるか ― ということを、身をもって知ることであろう。即ち素行のいう「身にこころみ」「庶民にこころむる」というこころ配りを私達はこの上もなく大切にしなければいけないと思う。そこに意識される“ためらい”の中に、はじめて現実は全貌を現わし、「人生」のあるがままの姿が味あわれるのである。
この痛感に立った者には「過ぎて断ずる」即ち、現実を観念で粉飾し、そこにわかりやすい図式を描いて、その図式を用いて逆に人生を裁断する「異端の教」は耐えがたい人生への冒瀆として映るだろう。素行はこのように図式で人生を裁断する人々を別の箇所では「文字の学者」と呼んで、これを批判している。
「文字の学者は、忠といい、孝といい、道徳といい、仁義というも、かきつけてある文字、字義にまかせて自ら思慮する能はず」という言葉がそれである。忠とか孝とかいう概念で人生を割りきれるものではない。大切なことはそれを「身にこころみ」「自ら思慮する」ことであって、そこに、いわばのっぴきならない形で体験されるもの、それが学問の道筋でなければならないと素行は説くのである。
いうまでもないことだが、今の世ではこの素行の言葉は次のようにおきかえなければなるまい。「文字の学者は、自由といい、平和といい、民主主義というも、かきつけてある文字、字義にまかせて自ら思慮する能はず」
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「公益社団法人 国民文化研究会では、日本の古典を学ぶことを大事にしてきました。そこで、故小柳陽太郎先生が機関誌『国民同胞』に書き続けて来られた『古典の窓』を復刻し、掲載していくことにしました。」ご一読ください。

 新刊ご案内2016.4.30
『日本への回帰』第51集 発行 

昨平成27年夏、御殿場市で開催された「第60回全国学生青年合宿教室(富士)」の記録集『日本への回帰』第51集が発行されました。
長谷川三千子埼玉大学名誉教授をはじめとする講師の先生方が渾身の力を込めて講義された内容が収められており、合宿全体の雰囲気をうかがい知ることができるように編集されております。
是非ご一読ください。

編 者 大学教官有志協議会
    公益社団法人 国民文化研究会  
定 価 900円 + 送料215円
発行所 公益社団法人 国民文化研究会
発 行 平成28年3月20日
お申込先 公益社団法人 国民文化研究会 FAX 03‐5468‐1470

 新刊ご案内2015.12.13
かるた『親子で楽しむ新百人一首』
      ‐ 名歌で育む日本のこころ ‐

本会会員で福岡在住の社会医療法人原土井病院病院長小柳左門氏が「古事記」「万葉集」など、上代から平安時代を経て近現代に至るまでの先人たちの和歌を新しく採録し、子供たちが生涯を通じて親しむことのできる名歌百首を厳選して編著された かるた『親子で楽しむ新百人一首』です。

竹中俊裕画伯の手による画は、いっそう楽しみながら覚えやすくいたしております。

書 名:『親子で楽しむ新百人一首』
     (かるた、および解説書付き)
編著著:小柳左門 (社会医療法人 原土井病院 病院長)
定 価:2,800円 + 税
発売日:平成27年12月15日
出版社:致知出版社 FAX 03-3796-2109  ホームページ http://www.chichi.co.jp/

ネット書籍のアマゾンや一部の福岡の書店でもお買い求めいただけます。

 新刊ご案内2015.12.8
『語り継ごう 日本の思想』

公益社団法人 国民文化研究会編  
頒布価格 1,600円 + 送料300円
 (定 価 2,000円 + 税)
発行社 (株)明成社
発 行 平成27年11月3日
お申込先 〔公社〕国民文化研究会 FAX 03‐5468‐1470

古事記・日本書紀の神話伝承をはじめ、法然・親鸞・日蓮の仏教思想。また、古典・和歌、近代の詔勅、契沖・本居宣長の国学思想。さらに、小林秀雄・岡潔など現代の思想家まで、日本の思想をかたちづくってきた先人の言葉に直接ふれ、その思いを共にできる一書です。
先人の貴重な原文(文献)に、丁寧な現代語訳をつけ、人物像や事物を詳しく解説しています。
特に青年・学生には日本人としての自覚が深まり座右の書となる一書です。

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