新潮文庫 『小林秀雄 学生との対話』発行2017.2.28
国民文化研究会・新潮社編
新潮文庫 『小林秀雄 学生との対話』
『小林秀雄 学生との対話』が文庫本として発行されました。
本体価格490円
発行日:平成29年2月1日

小林秀雄先生は、私ども国民文化研究会が開催する夏の「全国学生青年合宿教室」に昭和36、39、45、49、53年と合計5回にわたってご登壇いただきました。本書は、その内の2回の講義とすべての質疑応答を活字化したものです。
是非ご一読ください。

 新刊紹介2016.12.26
『天下なんぞ狂える』(上)、(下)巻


本会会員で福岡在住の廣木寧氏がこのほど『天下なんぞ狂える(上)(下)』巻を慧文社より刊行されました。日本という国が世界史に無理往生に急遽(きゅうきょ)接ぎ木された明治という時代に生きた夏目漱石。彼がその時代の中で追い求めたものは何だったのか。『こころ』を軸に、激動の時代の中で漱石が見つめたものと、近代日本人に宿命の悲しみを明らかにし、上巻では、門下生・森田草平、正岡子規、池邊三山らとの交流をもとに、漱石の恋愛と野心を論じ、下巻では、乃木希典の殉死と漱石の英国留学に焦点を当て、森鷗外、小林秀雄、福田恆存、吉川幸次郎、正岡子規らの文章を援用しつつ漱石終生のテーマを明らかにしています。
                             (慧文社HPより)
              全国の書店で絶賛発売中! 

              著 者:廣木 寧
              著 書:『天下なんぞ狂える』(上)(下)巻     
              定 価:各2,000円(税別)
              頁 数:上巻 A5判・上製・248頁 平成28年11月刊 
                   下巻 A5判・上製・280頁 平成28年12月刊
              出版社:慧文社 03-5392-6069

 小柳 陽太郎先生の【古典の窓】その22016.10.21

独立の気力なき者は国を思ふこと深切ならず
(福沢諭吉、学問のすすめ)
      ☆
 独立というのは個人においても又国家においても福沢諭吉にとって最大の念願であった。彼はしばしば独立と一緒に自由という言葉を使ったが、その場合に使われる自由も、単に束縛からの解放などという消極的な次元にとどまるものではなく、生命が自在に開展する、生き生きとした姿を自由と名付けたのである。独立もまたそうであって、そこには充実した生命が、他の何ものにもまどわされることなく卓然としてそそり立ついわば統一された生命のあり方を見ることが出来る。
 さて彼はこの「独立の気力なき者は国を思ふこと深切ならず」という。勿論国民のうち誰一人国民生活の幸福とその発展を思わない者はいない。
だが問題はただ単に思うということではなく、その心の深さであり、切実さでなければならない。ところで彼はその深さと切実さを自己の生命を統一しようとする「独立の気力」によっていわば精神の緊張度によって決定する。言葉をかえて言えば、自己の内心を統一する独立への意志に裏付けられることなく、単に悲憤慷慨する、所謂壮士風の愛国というものが如何に他愛ないものであるか、それを諭吉は強くいましめ、更にはげしく憎んだのである。
 「今の世に生れ、苟(いやしく)も愛国の意あらんとする者は官私を問わず、先づ自己の独立を謀り、余力あらば他人の独立を助け成すべし」。別の箇所で彼はこうも述べている。
 愛国とは単なるイデオロギーではない。愛国者と非国民というように愛国という試験紙によって人々の心を黒白に別ったのは、戦争中の動脈硬化のあらわれであったが、自己の独立という内心の問題を素通りした「愛国」というものが、如何に空しいものであるかを、われわれは身に沁みて味わって来たのである。内心を統一しようとする意志の中からおのずからにして生れ出る豊かな愛国の至情 ― その心理的なつながりの糸を、諭吉の言葉は誠に鮮やかに言いつくしていると思う。
 最近文部省施策などによって、次第に青少年の心の中に、国家的関心が培われはじめたのは誠によろこぶべきことではあるが、それだけに今こそこの言葉を国民の一人一人が大切に考えなければならないのではなかろうか。
      ☆

 小柳 陽太郎先生の【古典の窓】 その12016.9.22
異端の教は過ぎてこれを断ずるに及ぶ。是れ身にこころみ、庶人にこころむる処あらざる故なり。
聖学豈しからんや、ただ詳(つまびら)かに是を尽すにあるのみ。
(山鹿素行、謫居童問〈たっきょどうもん〉)
     ☆
日本の伝統的な思想のもつ美しさは、素行の言をかりれば「詳かにこれを尽す」というところにあった。即ち相手の身になって考え、相手の心を自分の心として苦しみためらいながら、そこに「思想」をたしかめてゆくというまごころのつみかさねが日本の長い歴史を支えてきたのである。私はこの“ためらい”の中に、断絶することなく連綿として続いてきた日本の歴史の秘密があると思う。
現実をふまえてものを考えてゆかなければならない。これは誰しも知りすぎるほど知っている理屈だ。だが知っているだけでは実は何程のこともないので、大切なことは、現実というものが如何に微妙なものであるかそれを把えることが如何に至難であるか ― ということを、身をもって知ることであろう。即ち素行のいう「身にこころみ」「庶民にこころむる」というこころ配りを私達はこの上もなく大切にしなければいけないと思う。そこに意識される“ためらい”の中に、はじめて現実は全貌を現わし、「人生」のあるがままの姿が味あわれるのである。
この痛感に立った者には「過ぎて断ずる」即ち、現実を観念で粉飾し、そこにわかりやすい図式を描いて、その図式を用いて逆に人生を裁断する「異端の教」は耐えがたい人生への冒瀆として映るだろう。素行はこのように図式で人生を裁断する人々を別の箇所では「文字の学者」と呼んで、これを批判している。
「文字の学者は、忠といい、孝といい、道徳といい、仁義というも、かきつけてある文字、字義にまかせて自ら思慮する能はず」という言葉がそれである。忠とか孝とかいう概念で人生を割りきれるものではない。大切なことはそれを「身にこころみ」「自ら思慮する」ことであって、そこに、いわばのっぴきならない形で体験されるもの、それが学問の道筋でなければならないと素行は説くのである。
いうまでもないことだが、今の世ではこの素行の言葉は次のようにおきかえなければなるまい。「文字の学者は、自由といい、平和といい、民主主義というも、かきつけてある文字、字義にまかせて自ら思慮する能はず」
     ☆
「公益社団法人 国民文化研究会では、日本の古典を学ぶことを大事にしてきました。そこで、故小柳陽太郎先生が機関誌『国民同胞』に書き続けて来られた『古典の窓』を復刻し、掲載していくことにしました。」ご一読ください。

 新刊ご案内2016.4.30
『日本への回帰』第51集 発行 

昨平成27年夏、御殿場市で開催された「第60回全国学生青年合宿教室(富士)」の記録集『日本への回帰』第51集が発行されました。
長谷川三千子埼玉大学名誉教授をはじめとする講師の先生方が渾身の力を込めて講義された内容が収められており、合宿全体の雰囲気をうかがい知ることができるように編集されております。
是非ご一読ください。

編 者 大学教官有志協議会
    公益社団法人 国民文化研究会  
定 価 900円 + 送料215円
発行所 公益社団法人 国民文化研究会
発 行 平成28年3月20日
お申込先 公益社団法人 国民文化研究会 FAX 03‐5468‐1470

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